大学院留学記 in New York

コロンビア大学の修士課程でメンタルヘルス・カウンセリングを学んでいます。

TOEFLスピーキングとMiss USA(2016年5~6月回想録)

 デイビッドは勉強の合間に、TOEFLスピーキングの練習によく付き合ってくれました。練習内容は、彼が質問を考え、その質問に本番のテスト同様、「15秒間準備、45秒内に回答」もしくは「30秒間準備、60秒内に回答」のどちらかの形式で私が答えるというものです。デイビッドはいい質問を思いつくと口の端を片方だけ上げて、

「準備はいいかい?」

とにやりと笑います。

 

「トランプ候補の移民政策に賛成・反対?」

「子供に進化論を教えない学校があることについてどう思う?」

パレスチナイスラエル問題はどうしたら解決できると思う?」

 

 デイビッドが出す問題は実際のTOEFLよりもかなり答えにくいものばかり。もっと簡単なものにしてくれと抗議すると、テストでは緊張して練習通りの力が発揮できないから、実際より難しいレベルで練習した方がいい、と主張して譲りません。私は四苦八苦しながらもなんとか回答しようとしますが、いつも時間切れになって、主張の根拠部分を言い切ることができません。頭の中では言いたい内容が決まっていても、英語だと口がうまく回らないし、よくどもってしまうし、表現が思いつかなくて止まってしまうし……とてもフラストレーションが溜まります。

 

 しまいに私は悔しくなって、デイビッドに言いました。

 

TOEFLスピーキングって馬鹿げてる!自分の主張とその根拠を45秒で話せなんてシチュエーション、実生活では無いじゃない。こんな勉強、無意味だと思う」

 

 するとデイビッドは、意見を短時間でまとめて簡潔に言い切る能力は、米国社会では必要不可欠な能力で、非常に重視されている、ほら、Miss USA(ミス・ユーエスエー)でさえスピーチ審査があるだろう、と言いました。

 

 Miss USAは毎年6月に行われる全米を対象としたミスコンです。この大会では、水着やドレス姿での見た目の審査ももちろんですが、その中で審査員からの質問に30秒内で答えるというスピーチ審査もあるのです。そしてこの質問の中には、とても答えにくいものも……たとえば「全ての州が同性婚を認めるべきだと思いますか?」「誰かをいじめたことがありますか?」「小さな弟や妹が、コンドームを買ってとせがんできたらどうしますか?」など、政治的なものから、息を飲んで固まってしまいそうな質問も飛び出してきます。

 

 そうは言ってもねー、と納得していない様子の私を見たデイビッドは、Miss USA史上最悪のスピーチをしたとされている2007年サウス・カロライナ州候補者の映像を見せてくれました。

 

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 うーん、確かにこのスピーチは……。けれど仕方がないではありませんか。急に質問をされて、準備の時間もないまま30秒間で話切らなきゃならないなんてあまりに過酷です。おまけに両手を腰に当てて美しくて自信ありげな姿勢を保ちながら、優美な表情も維持して、大勢の観客の前で話すなんて至難の業ではないですか。こんな絵に描いたようなブロンド美女なのだし、スピーチが多少下手でも、挨拶や通常の受け答えができれば問題ないでしょう?と私はサウス・カロライナ州候補者を擁護しました。しかしデイビッドは、こんなスピーチじゃどんなに美しくてもMiss USAには絶対になれない、きちんと主張できなきゃ意味がないんだ、と一貫して厳しく、これほど米国ではスピーチが重視されているのだと繰り返し念を押します。

 

 納得いくような納得いかないような複雑な気持ちを抱えながら、でも郷に入れば郷に従え。米国の大学院に行きたいと決めたのは私です。その社会ではスピーチがこれほど重視されているのだから、いろいろ思うことがあってもやらなきゃ始まらないのです。

 

 Miss USAの映像を観たらなんだか気が軽くなったような気もしました。私はMiss USA候補者たちとは違って、パソコンを前に、マイクに回答をただ吹き込むだけでいいのです。綺麗な表情や姿勢を保つ必要もありません。どんなに青ざめた強張った表情で、口角に泡を溜めながら、猫背で回答したっていいのです。今までとてもじゃないけどできるようになる気がしない、と思っていたTOEFLスピーキングでしたが、少しハードルが下がったような気がしました。

 

 以来、私はデイビッドとスピーキングの練習をするときは、腰に手を当ててしなを作りながら答えるようになりました。目をキリッと見開いて、口元には少し笑みをたたえて。そうするとなんだかちょっと余裕が出て、いつもよりうまく答えられているような気がしてくるから不思議なものです。

 

 ちょうどこの数日後、2016年Miss USAがテレビで中継され、私はスピーチ審査を食い入るように見つめていました。TOEFLスピーキングの練習に明け暮れていた時期だからか、候補者がうまく言えたときにはヨシッ!とガッツポーズを作り、時間切れになったり、うまい主張を展開できないかったときにはがっくりとうなだれ、一緒になって一喜一憂してしまいました。

 

 こちらはこの年にグランプリに輝いたDeshauna Barberさんのスピーチ。米軍従事者である彼女の回答は、自信に満ち溢れた、パワフルなものでした。

 

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 きちんと主張できること、そしてその知性が美しさの一つとして見られるということが、少し分かったような気がしました。