大学院留学記 in New York

コロンビア大学の修士課程でメンタルヘルス・カウンセリングを学んでいます。

傷つきやすくなってくれてありがとう?!

 私がいるCounseling Psychology(カウンセリング・サイコロジー)プログラムの授業では、次の表現をよく耳にします。

 

“Thank you for being vulnerable.”

 

 辞書によれば、 “vulnerable”は「(人・体・感情などが)傷つきやすい、もろい、脆弱、弱い」という意味の形容詞です。上記の表現を直訳すれば「傷つきやすくなってくれてありがとう」といったところですが、なんだかすごく変な感じ…。

 

 どんなときにこの表現が使われるのでしょうか。たとえば今日の授業中でのこと。差別問題について教授が話していた際、黒人の女子生徒が手を挙げて、小学校の頃に肌の色によって差別を受けたときに話をし始めました。彼女はその当時感じた怒りや悲しみ、そしてその出来事が現在の自分にどのような影響を与えたかを赤裸々に語りました。その話に静かに耳を傾けていた教授は、感慨深そうに頷きながら、 “Thank you for being vulnerable.” と言ったのです。

 

 この表現、人が心の奥底しまっていた深い感情や体験を他の人と共有した際に、「そんなに大切なものを共有してくれてありがとう」の意を込めて使われるようです。

 

 自分の中にしまっておきたい感情や経験を人前にさらすというのは、犬が仰向けになってお腹を見せる行為に似ています。ひと噛みされたら絶対絶命の、弱くもろい部分を相手の目の前に差し出すことになるのです。そんな勇気のある行為に、そして聞き手を信頼してくれたことに、ありがとう、ということなのでしょう。

 

弱い部分をさらけ出す

 

 カウンセリングでは、クライアントが一番弱い部分をカウンセラーに見せる、ということに大きな重要性があります。一つ目の理由は、カウンセラーはクライアントの心理的問題を解決するために、心の一番奥の奥まで掘り下げて、どこに改善すべき課題があるのかを把握する必要があるから。そしてもう一つの理由は、恐る恐る一番もろい部分をさらけ出したとき、カウンセラーがその全てをあるがままに受け入れてくれた、という経験が、良い人間関係を築いていく練習になるためです。

 

 多くの大人は一番もろい部分をさらすことがとても苦手です。それは大人になるまでの過程に、もろい部分をさらけ出してみたら思い切りその部分を噛みつかれてしまった、という経験をしてきているためです。噛み付いてきたのは家族のことも、友達のことも、恋人のこともあったでしょう。そのような経験を繰り返していくと、次第にもうひどく傷つかなくて済むように一番弱い部分を隠すようになってしまうのです。

 

 確かに脆弱な部分をさらすことは危険なことでもあり、そこを攻撃してくるような人からはなんとしてでも守らなければなりません。しかし、犬がお腹を見せ合って信頼していることを表現するように、人間も一番大切な人との信頼を築くためにはガードを解いて傷つきやすい部分を見せ合う必要があるのです。

 

 最も大切な人に弱い部分を見せて信頼や愛情を深めていく。その練習にカウンセリングという場は大変適しています。カウンセリングは、人間の弱い部分を批判したり、攻撃するのではなく、それをむしろ慈しみ、そしてさらけ出してくれた勇気に深く感謝をする場です。そこでカウンセラーと信頼を築いていくことで、カウンセリングの外でも良好な人間関係が築けるようになるのです。

 

弱さを見せてくれて、本当にありがとう

 

 弱い部分をさらけ出すのは想像以上に難しく、苦しいことです。いざそれを口にしようとすると、「こんなこと知られたら嫌われるんじゃないか」「軽蔑されるんじゃないか」という不安が渦巻いて、言葉にできなくなってしまいます。また自分のもろさから目を背け続けて、いつのまにか自分自身の弱さがどこにあるのか分からなくなってしまっている人もいるでしょう。

 

 だからこそ、誰かが私にもろさをさらけ出してくれたときには、その勇気に心から感謝したいです。

 

“Thank you for being vulnerable.”

 

 最初は変な表現と思っていましたが、今では心の中でつぶやくだけで、胸がほっこりと温かくなるように感じます。